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최승희100장면

[崔承喜100シーン] 10. 玉笛曲

玉笛崔承喜世界巡回公演頻繁上演された作品であるこの作品193822のニューヨーク公演韓国瞑想Korean Meditation)」という上演され南米ウルグアイの雑誌でもMeditación Coreana翻訳されて紹介された

 

この作品1939131のパリ公演魅惑的なメロディMélodie enchanteresse)」というフランスのタイトルで上演されその公演プログラムの表紙写真玉笛だった193942のドイツ公演でもこの作品玉笛Die Jade Flöte直訳されて紹介されたことがある

 

 

玉笛とはられたのことだ現代韓国語グスル(구슬=)すためることは想像しにくい伝統的られているからであるしかしこのとは加工される玉石すとえるべきである

 

グスル漢字語固有韓国語だったしたがってガラスのグスルのグスルという語源的しくない合成語である時代わるにつれて語義変化じたため、「グスル球形物体(=)すようになり、「グスルグスルといった使われるようになったのである

 

韓國国楽器のリストには玉笛(=オクピリ)まれていない三絃六角弦風流合楽民俗楽風物にも玉笛存在しない国楽管楽器列挙するにも香笛唐笛大笒中笒小芩さらには奚琴まで列挙されるが玉笛まれているのをたことはない

 

 

それでもオクピリは韓国人しみやすい新羅時代られたとされる神秘的玉笛原因この最初からられていたわけではない7世紀後半慶州られた萬波息笛について、『三国史記1145)』のように記録している

 

神文王時代東海さなその姿はカメののようだったその一本があり昼間れてつになりになるとわさってつになるわしてらせその万波息名付けた。」

 

三国遺事1281)』記録はさらにしい新羅31代神文王在位681692である文武王在位661681のために東海のほとりに感恩寺という建立した682東海さなかび感恩寺へとづいたとき神文王った玉帯献上ってけば天下平和になるとった。 『三国遺事2巻紀異第2記録のとおりである

 

使者じて伐採からさせたところ突然姿れなくなった。…行列からその月城天尊庫保管したこのくと敵兵退ばつには梅雨まりやかになったこれを万波息笛国宝指定した。」

 

 

三国遺事2元聖大王によれば万波息笛100経過したでもその効力発揮していた日本王文慶新羅攻撃する万波息笛排除しようと二度にわたり使者派遣501千両提供したが元聖王在位785798はこれを拒否万波息笛内黄殿して保管したその結果日本新羅侵攻できなかった

 

しかし万波息笛新羅高麗びるのをげなかった敬順王在位927935高麗太祖王建在位918943降伏万波息笛献上したその光宗在位949975慶州客舎東京館万波息笛をここに保管した

 

朝鮮時代にも万波息笛新羅しい遺物としてられしばしば文人詩題となっていたただし万波息笛という名前よりも玉笛という名前ばれるようになった万波息笛玉笛起源なるとえられるえば朝鮮後期考証学者金正喜17861856玉笛伽耶られ新羅わったものと推定したことがあるしかし朝鮮時代にはそのつの伝説ざり融合めたとえられる

 

 

新增東國輿地勝覽掲載された李石亨14151477によれば15世紀でも玉笛欠点なく完全無欠状態保存されており1504燕山君慶州玉笛ソウルへらせよじたことが実録されているこのとき玉笛1楽師だけが演奏でき鳥嶺=聞慶セジェえるとなくなるため慶州東京館されたとされているが丁若鏞17621836鶏林玉笛辨というこの荒唐主張玉笛慶州保管するために捏造されただと批評している

 

慶尚監査めた洪聖民15361594玉笛壬子年1552焼失したという韓致奫17651814この壬辰倭乱1592損傷したと記録している光海君在位16081623時代慶州府尹玉笛われたことを残念当時姿わせてたにるようじたが現在までわる玉笛はこのられたと推定されている

 

韓致奫新羅玉笛直接目撃したと姿したこの壬辰倭乱倭人によって損傷され破損した部分補修したためそのんだがやや変質したと記録している

 

 

肅宗在位16741720時代1690東京館勤務していた郷里金承鶴れた修復している最中玉笛発見当時慶州府尹李麟徵16431729がそれを東京館保管するよう指示した

 

この玉笛1909昌慶宮設置された御苑博物館現在国立中央博物館完成した歴史登場した統監曾禰荒助(18491910慶州玉笛をここへすようじたためである1912御苑博物館德壽宮移転李王家博物館改称された玉笛同地移管されたこのとき京城帝國大学教授めていた植民史学者今西龍18751932慶州所蔵玉笛考1912という小論文発表した

 

この玉笛1929朝鮮総督府博物館慶州分館現在国立慶州博物館設置された慶州され收藏庫保管された解放2011国立慶州博物館特別展万波息笛というタイトルで展示されたことがある

 

 

万波息笛または玉笛1300にわたり外敵自然災害撃退する神秘的楽器として認識されてきたこの新羅高麗滅亡そして日本帝国朝鮮侵略げなかったものの民衆知識人だけでなく官僚たちにもその認識がっていた

 

崔承喜玉笛曲振付したのは1937だった日本朝鮮国権侵奪した1905から一世代以上経過日本満州侵略1931中国侵略1937進行しているだけでなく日本軍部太平洋戦争東南アジア侵略1941企画していた朝鮮人にとっては希望がなく時代だった

 

 

このような時期崔承喜玉笛曲発表したことは大胆決断だった朝鮮外敵倭寇撃退する効果があったとされる玉笛伝説作品化これを朝鮮日本・アメリカ・ヨーロッパ・南米継続的上演したからである玉笛曲初演純貞孝皇后尹氏のための特別公演であった絶望んだ大韓帝国皇室のために玉笛曲上演したことは状況であっても日本侵略撃退できるという希望えたことだろう

 

日本による植民地時代こる危険出来事だった日本当局万波息笛あるいは玉笛伝説っていたのだろうしたがって崔承喜不逞鮮人として烙印舞踊活動中止させるか治安維持法1925国家総動員法1938刑事罰すこともできたはずである

 

 

崔承喜がなぜこのような危険したのかそしてどうやってその危険回避しながら玉笛曲上演けられたのかが疑問であるこの疑問くためにはより体系的調査整理必要である(jc, 2026/4/30) 趙正熙