崔承喜の『私の自叙伝』(1936)によると、公演日と公演劇場が決まると、現実的な憂慮が始まった。 公演に必要な費用が最も大きな問題であり、作品の振り付けと衣装準備、そして入場券とポスターとプログラムを準備し広報と広告を募集するなどの現実的な問題もあった。
「何よりも先に作品を創ることに専心しましたが昭和九年、秋のシーズンが近くなつた頃には最も難關である軍資金調達といふ峠を突破しなければならないのです。··· 安の洋服や時計から、たつた一つ最後まで殘された結婚指環に至るまで凡そお金になりさうなものは悉く賣り拂つてしまひましたが、それで出来上つた金額といふものは五十圓、これではどうにもなりません、
「幸ひに安の月謝として國元から送金して来た百圓を思ひ切つてこれに加へて都合百五十圓、これが私達が底を叩いて作り上げた天にも地にも代へ難い公演會の費用だったのです。」
1934年の150円は2015年現在の賃金基準で約3千741ドルに該当する。 韓国ウォンでは5百万ウォン程度なので、非常に少ない金額だったが、それで公演を行わなければならなかった。 公演費用の問題が解決されても、準備することが山積していた。 按舞と練習、衣装は崔承喜が準備しなければならなかったが、広報と実務は夫の安漠が大部分担当しなければならなかった。
「安と私とは二人で手分けをして心當りをそれからそれへと廻つて頼み廻り、切符を買つて頂いたり、宣傳用の寫眞をとつたり、私自身が出向いてポスターのタイアツプ廣告をとつて來たり、夜は夜で若草敏子(弟子)を相手に勝子(娘)の面倒をみながら衣裳を縫つたり、振付をしたりしなければなりませんでした。」
このように難しく準備された崔承喜の公演作品の映像が残っていないのは残念なことだ。 数枚の写真でも残るようになったのは、パンフレットやポスター、広報用チラシのおかげだ。
90年の歳月が経った今は、それもほとんど散らばって消えたが、ネット競売サイトには時々出品され高価で取り引きされたりもする。 例えば、状態の良い崔承喜デビュー公演のポスターは500万ウォンを超える。 歳月を勝ったポスター1枚の価格が崔承喜の公演費用総額に匹敵する。
崔承喜のデビュー公演のポスターは効果的だっただろう。 非常に洗練されているからだ。 46版(今日のB6)の大きさのポスターは全体が直線面中心で構成され端正な感じだが、これを背景に曲線中心の崔承喜写真が対比を成して単調さを避けた。 背景のグラデーション(gradation)も優雅で、これをもとに配置された文字も必要な情報だけを伝達しているので、複雑ではなくきれいだ。 フォントも明朝体が主を成すが、時間と場所はゴシック体で強調した。
当時の公演ポスターとは違って、崔承喜のポスターは年度と曜日も明示した。 公演日が平日(木曜日)なので強調する必要があっただろう。 年度表記も西暦で「1934年」と書いたが、日本年号「昭和9年」を避けるためだったのだろう。 私は日本の臣民ではない」という意味だ。
さらに珍しいのはフランス語だ。 ポスターの右上に「Le Première Récital pour la Dance Poétic de SAI SHOKI」と書いたのは「崔承喜の最初の舞踊詩発表会」という言葉だ。 「舞踊詩」という言葉を明示することで師匠の石井漠との連帯を強調しながらも、これをフランス語で処理することで一定の距離も置いたわけだ。
当時,日本社会ではドイツ語と英語が優遇されていたことを考えると,フランス語を使ったのは意外な発想である。(ただし,舞踊詩をdance poeticと書いたのは誤記である。 「詩的」という意味のフランス語形容詞はPoétiqueだからだ。)
もう一つ意外なのは、崔承喜の写真だ。 あまり大きくも小さくもなく、画面のバランスのために少し右に偏って配置したのも良い。 しかし、崔承喜の姿が青少年のように見えるのが意外だ。 崔承喜の通常のイメージは背が高く体つきがすらりとしたことで定型化されていたが、この写真は全く違う。 これも見る人の意表を突くためではないかと推定される。
このポスターをデザインした人と写真を撮った作家が誰なのかは明らかにできなかった。 しかし、立派なデザインできれいでかわいい人物写真であることだけは事実だ。 (jc, 2024/8/17)
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