본문 바로가기

도쿄1934공연

[東京1934公演] 6.通過儀礼

石井漠自伝的エッセイ1940)」収録した新進舞踊家(193410)という自分養成した舞踊家9列挙評価べているまず女性舞踊家6する石井漠評価てみよう

 

 

石井小浪石井漠義妹1922から石井漠とともに3年間海外巡業同行舞踊実力急成長した舞踊家1929崔承喜石井漠門下れる彼女舞踊団れた石井漠小浪についてのようにべている

 

石井小浪五年前れて以来會つたことがないが昨秋永田氏にすゝめられてその公演會をのぞいたそして舞踊するへも技巧一向進歩のあとがないのをいたすべての藝術じく舞踊安住かられた作品れてない自分自身のためは勿論のためにも奮起する気持はないのか。」

 

 

家族であり弟子であり同僚だった小浪する石井漠叙述酷評いが石井漠公私区分したであることを示唆する崔承喜東京留学初期石井舞踊団員だった石井郁子についても石井漠のようにした

 

石井郁子獨立して研究所いてゐる後述のみどりにたタイプであるが残念なことに生活上安定てゐる。」

 

いて1934年当時石井舞踊団活動していた石井栄子崔承喜石井みどり石井美笑子する評価以下りである

 

 

石井榮子ではその特徴によつて方向指示してゐるが榮子舞踊創作れてゐる昨年發表した大地にさゝぐ」「スペイン夜曲」「炸裂する思索舞踊藝術作品として第一線引上げられるものと

 

崔承喜朝鮮出身女性舞踊家今秋第一回作品發表會體軀立派なのとドラマティックな表現才能つてゐるので立場にある舞踊家であらう創作方面にも嘱望してゐる一人である

 

 

石井みどりーー舞踊家となるためにれてがあるとすればみどりはかにその一人であらうと體軀音樂的理解まれてゐるが創作家としてよりは天分められる。「燕尾服東京」「」、自作南風くところ演技から程度まで完成されてゐる女性的情熱けてゐる年齢いせいかー

 

 

石井美笑子ーー自作ダンス・オングロアズ非常喝采したが作品としてよりも彼女つてゐる軽快都會的感覺ばすのであらう作品としては希望いて」「グンツア・ネグラなどの技巧的れてゐる調子ぎるといけない。」

 

崔承喜する石井漠体格劇的表現才能があり創作方面にも嘱望されるという絶賛であり弟子たちとはなり崔承喜短所指摘されたことがなかった

 

 

1930年代初新舞踊ブームがこると石井漠入門順って3女性弟子たちにデビュー公演用意したつまり7-8練習公演年限まればデビューをしたのだ

 

 

舞踊わりに映画俳優選択した石井美笑子はデビュー公演がなかったが1925年舞踊入門した石井栄子のデビュー公演1933924であり栄子より1年後入門した崔承喜のデビュー公演1934920だった1928入門した石井みどりのデビュー公演1935927だったがこの3のデビュー公演はすべて日本青年館われた

 

 

日本青年館でのデビュー公演石井舞踊団通過儀礼だったのだ(jc, 2024/8/16)