崔承喜が生まれた1912年は、国際的な変化が多かった。 中国では辛亥革命により中華民国が建国され(1月)、中國の最後の皇帝である溥儀が退位したことで清王朝は滅びました(2月)。 ロシアではレーニンがロシア社会民主労働党と決別し、ボリシェヴィキ党を独立させて革命の前衛としました(1月)。 日本では明治天皇が崩御し、大正天皇が即位した(7月)。
ヨーロッパでは、セルビア、ブルガリア、モンテネグロがトルコに宣戦布告したことで第一次バルカン戦争が勃発し、第一次世界大戦の暗雲が立ち込め始めました(11月)。 米国では、共和党のルーズベルトとタフトが分裂し、政権が民主党のウッドロ・ウィルソン大統領に移った(11月)。
日本に強占されてから3年目の朝鮮では、標準時が日本の東京時間に合わせられ(1月)、土地調査事業が始まりました(8月)。 崔在亨ら独立運動家は沿海州に権業会支部を設立し(3月)、ロシア帝国は黒竜江に居住する朝鮮人4,988人のロシア帰化を承認しました(4月)。

朝鮮総督府は武斷政治を開始し、総督府の管理者に武官の制服を着せ(5月)、朝鮮独立と啓蒙運動のために結成された新民会の主要人物105人に有罪判決を下した(9月)。
崔承喜と共に1912年に生まれた人物としては、児童文学者の李元壽(1月5日)、劇作家の黃徹(1月11日)、僧侶の性徹(=李英柱、4月6日)、北朝鮮主席金日成(4月15日)、朴槿恵の愛人で国政汚職の黒幕である崔順実の父でありカルト宗教の崔太敏(5月5日)、大韓帝国の皇女德惠翁主(5月25日)、詩人の白石(=白夔衍、7月1日)、独立運動家の安椿生(8月1日)、詩人の盧天命(9月2日)、オリンピックマラソンランナーの孫基禎(10月9日)と南昇龍(11月23日)、小説家の崔貞熙(12月3日)などがいる。
すなわち、崔承姫は1912年生まれが早かったため、同年に生まれた性徹や金日成、白石、孫基禎、南昇龍よりも姉であり、德惠翁主や盧天命、崔貞熙よりも姉にあたった。
また、崔承喜と同年代の西洋人は、アメリカの画家ジャクソン・ポロック(Jackson Pollock, 1月)、フランスの哲学者ジャック・エルル(Jacques Ellul, 1月)、ドイツ出身のアメリカのロケット科学者ヴェルナー・フォン・ブラウン(Wernher von Braun, 3月)、イギリスの首相ジェームズ・ケラハン((James Callaghan, 3月)、アメリカの歌手ペリー・コモ(Perry Como, 5月)、イギリスの数学者アラン・チューリング(Alan Turing, 6月)、アメリカのシンガーソングライター・ウディ・ガスリー(Woody Guthrie, 7月)、アメリカの経済学者ミルトン・フリードマン(Milton Friedman, 7月)、アメリカの俳優ジーン・ケリー(Gene Kelly, 8月、-1996)、ドイツの政治家エーリッヒ・ホーネッカー(Erich Honecker, 8月)、教皇ヨハネ・パウロ1世(Papa Giovanni Paolo I, 10月)、 イギリスの指揮者ゲオルギー・ソルティ(Georg Solti, 10月)、オーストリア皇帝オットー・フォン・ハプスブルク(Otto von Habsburg, 11月)などである。
白石や盧天命、崔貞熙ら韓国人文人だけでなく、ポラックやエルル、ゴスリやソルティが崔承喜と同い年だったことから、この年には卓越した文化芸術人が多数誕生したことが分かる。 また、女性の中ではヒトラー總統の妻エバ・ブラウン(2月6日)やジョンソン大統領の妻バード・ジョンソン(12月22日)、ニクソン大統領の妻パット・ニクソン(3月15日)などが崔承喜と同じく1912年生まれだった。

1912年には、世界を驚かせたニュースも多数あった。 3月7日には、ノルウェー人のロアル・アムンセン(Roald Amundsen, 1872-1928)が南極を探險したというニュースが伝えられた。 アムンセン探検隊が南極に到達した日は1911年12月14日だったが、当時はこの情報を伝える手段がなかった。約3か月後、探検隊がオーストラリアのタスマニア州ホバート(Hobart, Tasmania)に到着した1912年3月7日、南極探検に成功したというニュースを世界に伝えることができた。
一方、アムンセンと共に南極探検競争に挑んだイギリス人ロバート・スコット(Robert Scott、1868‑1912)は、1912年1月18日に南極に到達したが、そこにはすでにアムンセンが掲げたノルウェーの旗が立っていた。 スコットは帰還途中の1912年3月29日、南極大陸で亡くなった。
1912年3月27日、東京の市長の尾崎行雄(1858-1954)は日米友好の象徴としてワシントン市に3千本の桜の木を植えたが、そこから約30年後の1941年12月7日、日本は米国の真珠湾を攻撃し、太平洋戦争を勃発させた。 当時ハワイは米國の準州(territory)であったが、米国は日本のハワイへの攻撃を米国領土への侵入とみなし、直ちに報復攻撃に出た。
1912年にはハワイとともに準州であったニューメキシコ(1月6日)とアリゾナ(2月14日)が米国の第47州・第48州に編入され、アラスカ(第49州)とハワイ(第50州)は1959年に州に昇格した。

なお、北朝鮮の金日成主席の誕生日でもある1912年4月15日には、イギリスの客船タイタニックが大西洋で処女航海中に氷山と衝突し沈没、約1,500人が死亡したことがあった。 (jc, 2026/3/25)
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