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최승희100장면

[崔承喜100場面] 1. 東京駅

崔承喜1937から1940までの3年間世界ツアー公演った鄭昞浩伝記崔承喜』(1995192によれば崔承喜アメリカやヨーロッパラテンアメリカなどで30都市150回以上朝鮮舞踊公演ったしている

 

この世界巡回公演まった19371229だった崔承喜東京駅から電車横浜移動そこで日本郵船所有する日本最大級豪華客船秩父丸乗船太平洋横断した当時秩父丸太平洋女王というニックネームでばれていた

 

 

この写真崔承喜-安漠夫妻世界巡回公演のために東京出発する瞬間った撮影時期19371229日正午ごろで背景東京駅内待合室

 

写真では中央左側崔承喜)、右側安幕崔承喜左側がピアニストの李光俊·グァンジュン安幕崔承喜巡回公演のマネージャー李光俊崔承喜1938米国公演伴奏したピアニストだ

 

巡回公演団33女性たちはなのか確認されなかったらが公演団一行なのかあるいは友人知人である傳送客なのか調査されなかったらがなのかかるがかりが写真写真説明提供されなかったためだ

 

 

 

この写真東京駅改札口駅舎ロビーにあたる内待合室撮影したものだが1914東京駅完工直後撮影した待合室内部写真比較するとこの写真撮影場所東京駅丸内待合室だったという疑問余地はないただ内南側待合室なのか北側待合室なのかはこの写真だけでは識別しにくい

 

写真人物皆厚くていコートをてマフラーまでいたことから天気かったものとられる4女性のうち崔承喜2毛皮のコートをており男性のコートもくてかいウールのコートだらが経済的かだったことが推測できる

 

ジェミナイのおかげでその天気かった日本気象庁同日のない晴天最低気温氷点下3日中最高摂氏9だと発表していた写真撮影時間午前10から正午だったはずなので外気温映像5度程度だっただろうし出入々の往来頻繁待合室内部もそれほどかくはなかっただろう

 

 

崔承喜-安漠夫妻19369から東京杉並区永福町居住したしたがって世界巡回公演最初目的地であるサンフランシスコに到着するためには商用旅客機がなかった時代なので太平洋旅客船らなければならずるためにはまず東京から横浜まで列車らなければならなかった東京-横浜当時電車30かかる距離だった

 

この写真裏面には内地ニュース」。 「半島舞姫ドミ渡米)」というタイトルの東京1937=昭和121229場所日付されまた映画大金剛山出演した人気舞踊家チェ·スンヒさんが29日午後0時半東京駅出発午後3出発する秩父丸って世界舞踊行脚旅路したという説明されている

 

 

この新聞記者作成した記事形式タイピングされていることから記者いたをタイピストがいたもので組版局文書だったはずだこの記事写真とともに東京日刊紙時事新報掲載されたものと推定されたが数回日本国会図書館古新聞調査にもかかわらずこの記事検索されなかった

 

記事午後12時半午後零時半表現したことが不慣れではあるしかしこの記事じて崔承喜世界巡回公演基点19371229日午後12時半であり一行横浜から秩父丸って米国出発したのも同日午後3だったというらかになった

 

 

この写真はハワイのホノルルで発行されていた日本人同胞新聞日布時事(The Nippu Jiji)のアーカイブに保管されスタンフォード大学図書館日本文献アーカイブに移送されたもので筆者取材により再発掘されたものである

 

写真裏面内地ニュースという記録19381JAN 1938)」という日付っていることからこの写真日本本土時事新報写真記者東京駅ったものであり印画した写真裏面時事新報記事原稿19381月中にハワイ支社である日布時事されたものであることがわかる(jc, 2025/11/11) 趙正熙